東京高等裁判所 昭和54年(ネ)1692号 判決
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【判旨】
二1 右認定の事実によれば、昭和四七年一二月八日控訴人と被控訴人間に成立した本件土地の売買契約により、控訴人は、被控訴人に対し、本件土地について農地法第五条に基づき農地転用のための所有権移転の許可申請手続をなすべき義務を負い、かつ、右許可が得られたときは、昭和四八年五月三一日までに、被控訴人の残代金六三三四万二〇〇〇円の支払いと同時に、本件土地について所有権移転登記手続をなし、右土地を被控訴人に引渡すべき義務を負うに至つたものというべきである。従つて、その後被控訴人について右登記手続を求める権利が失われたとみるべき事由が認められないときは、控訴人は、被控訴人に対し、右各義務を履行しなければならないものというべきである。
なお、被控訴人が竹内工業に対し、右売買契約による本件土地の買主たる地位を譲渡したとの事実は、被控訴人の主張しないところであり、控訴人もこれを主張せず、むしろ控訴人の主張は、被控訴人と竹内工業との間に実体上の権利移転の法律関係が生じたことを否定する趣旨であると解されるから、弁論主義の適用上、控訴人の被控訴人に対する前記義務の存否につき、右買主たる地位の譲渡の事実を基礎として判断することは許されないというべきである。
2 控訴人は、抗弁及び反訴の請求原因として、前記売買契約を解除した、その解除の理由は、被控訴人にはもはや契約履行の意思も能力も用意も全くなく、履行遅滞及び履行不能の責を負うべきことにある、と主張するので検討する。
前記認定事実によれば、被控訴人代理人笹沼つ称は前記売買契約を締結した後、当初考えていたよりも一層大規模な建物を建築するのでなければ、農地転用の許可が得られないと聞かされ、株式会社交栄の営業部長訴外井上治男を介して竹内工業と折衝したうえ、控訴人に対し、竹内工業に本件土地を譲渡するについての農地法第五条の許可申請手続をするよう求めたところ、買増金四五〇万円を請求され、交渉の結果三〇〇万円で双方が了解点に達したが、その際控訴人から前記念書を差し入れることを要求され、その念書の内容が、「いかなる理由があつても、残代金六三三四万二〇〇〇円は、昭和四八年五月三一日までに支払うこと」というように、被控訴人側にとつて厳しいものであつたので、控訴人に右念書を交付しないまま、株式会社交栄振出の額面三〇〇万円の小切手を控訴人に交付すべく用意したうえ、右許可申請手続をしてもらおうとしたが、控訴人が、右念書の交付を受けない限り、右許可申請をしないとの態度をとり続けたため、右許可申請手続をすることができず、遂には控訴人から、右売買契約履行の意思も能力もないものとして契約解除の意思表示をされるに至つたことが認められる。
しかし、本件においては、被控訴人に履行遅滞があつたとするのは相当でない。前記売買契約により、控訴人は、被控訴人に対し、農地法第五条による許可申請手続をするべき義務がある。この義務の履行の内容は、譲受人を被控訴人とする県知事宛の許可申請書に、譲渡人として署名押印をして県知事に提出すること(この場合、右許可申請書を被控訴人に交付し、被控訴人から提出することとしてもよい。)であるが、控訴人が右義務を履行したことを認めるに足りる証拠はない。前認定によれば、被控訴人は、折衝の過程において、控訴人に対し、竹内工業を譲受人とする許可申請をしてもらいたい旨を何度か求めているのであるが、一方、被控訴人を譲受人とする許可申請を拒絶したわけではなく、前認定のとおり、被控訴人は、二度にわたり自己を債権者として仮登記仮処分を求めており、ことに<証拠>によれば、被控訴人は、控訴人に対し被控訴人代理人弁護士柴田嘉逸の名義で配達証明付内容証明郵便をもつて、二度にわたり、被控訴人とともにする許可申請に協力するよう催告したことが認められるから、控訴人が前記義務を履行するに妨げはなかつたものというべきである。<証拠>によれば、控訴人は、右被控訴人の催告に対し、譲受人を誰とするのか明らかにせよ、と回答しているのであるが、すでに、前記甲第六号証の「貴殿においては催告人と共同で云々」とある文面によれば、「催告人」すなわち被控訴人を譲受人とする許可申請であることは、疑う余地がないところであつたというべきである。また、<証拠>によれば、控訴人は、被控訴人において建物建築設計図、建築費用についての銀行の残高証明書の準備がおくれたとして非難しているが、これらの書類は、県知事への許可申請に必要なものであるとしても、元来、被控訴人がこれらの書類を準備する義務を控訴人に対して負うものではなく、本件売買契約において右義務を定めたわけでもないから、右おくれたとの事情は、控訴人の許可申請義務の不履行を正当化するものではない。そして、前記売買契約によれば、被控訴人の残代金支払の義務は、控訴人の所有権移転登記手続をなすべき義務と同時履行の関係にあるから、約定の履行期限である昭和四八年五月三一日が経過した後でも、控訴人が自己の義務について適法な履行の提供をしない限り、被控訴人は、右残代金支払義務につき履行遅滞に陥らないものというべきである。しかるに、控訴人が右履行の提供をしたことについては、主張も立証もない。加うるに、売主が、残代金の履行遅滞を理由に売買契約を解除するには、まずその支払を催告することを要し、買主が催告期間内に支払をしないときに、解除することができるのであるが、右催告をしたことについての主張も立証もない。
控訴人は、被控訴人の残代金支払義務は履行不能であつたと主張するが、右主張を認めるに足る証拠はなく、却つて、<証拠>を総合すれば、被控訴人は、池袋においてクリーニング業の会社を経営して相当の資産を有し、本件売買契約の代金支払の見込が立つて契約締結に踏み切つたことが認められる。ただ、前述のとおり、被控訴人は、契約締結後、当初の予定より大規模の建物を建築しなければならないことを聞き、そのために必要な協力者を求めたことがあるが、かような事実があるからといつて、直ちに、残代金の支払義務が履行不能であると推断することはできない。
(杉田洋一 蓑田速夫 松岡登)